仙台・宮城の中小企業診断士 / 経営コンサルタント 合同会社ジェイドキャット 代表社員 細野哲平ブログ

東北地方の中小企業経営者が会社を経営していくうえで
役立つであろう内容を中心にお届けしていきます。

やりたいか、やるべきか、やれるか

2017年3月12日
今日は何か新しいことをやるかやらないか迷った時に使える考え方をご紹介します。
 
「いいアイデアを思い付いたんだけど、本当にこれをやっていいか迷う」
「A案とB案、どちらも甲乙つけがたいんだけど、どっちにすべきか」
 
事業をやっていると、こんなことはしょっちゅうですね。
 
そんな時は人に相談するのも一手ですが、ひとまず自分自身で検討したいという場合もあるでしょう。
 
タイトルである、「やりたいか、やるべきか、やれるか」は、新たにやろうとしていることを本当にやるべきか否か、または複数の案のなかでどれが一番よいかを検討する際に使える考え方です。
 
 
これを使うと、その新たにやろうとしていることについて、「やりたいか」、「やるべきか」、「やれるか」の3つの観点で整理することができます。
 
字面でだいたいの想像はつくと思いますが、一応、それぞれの観点について説明します。
 
◆やりたいか
まず、そもそもそのプランについて、あなた自身が本当にやりたいのかどうかを考えます。
「なんとなく儲かりそうだから」、「人から誘われたから」、「経験があることでやれそうだから」といったことだけで始めてしまうと、途中で「あれ?本当に自分はこれをやりたかったんだっけ?」となってしまい、急にモチベーションが下がってしまうということが起きかねません。
 
そうなってしまうと、根本的なところから立ち戻らなくてはならなくなってしまいますので、まずは「自分は本当にこれがやりたいのか」という問いかけをしてみましょう。
 
 
◆やるべきか
次に、そのプランについて、「本当に自分がやるべきなのか」ということを考えます。
これは「理念」や「ビジョン」、「使命」といったところにも繋がってきます。
 
また、事業であれば、そのプランが中長期的に見て収益に貢献する必要があるでしょう。会社として、そのプランに取り組む意義、そして必要性はあるのかということを考えてみましょう。
 
 
◆やれるか
これはそのプランが本当に実行できるものなのか、ということです。
資金面、人材面、能力面、またはタイミングなど、今、自分が持っているリソースや置かれている状況において、プランが実行できるかどうかをしっかり検討してみましょう。
 
これをしっかりとした形にすると、事業計画になります。
 
 
簡単ですが、説明は以上です。
 
この考え方はわかりやすいですし、一人でも気軽に取り組めるので、機会があれば是非一度お試しください。

変化への対応力で勝負

2017年3月6日
前回のエントリーでは、時代の変化についていけなくなった人員を切り捨てることの是非について書きました。
 
個人的には、従業員の立場で仕事をしている人については、”自己責任”の一言で切り捨てられるほど単純な問題ではないと思っています。
 
しかし、事業主となれば別です。
事業主である以上、いくら顧客が悪い、時代が悪いといっても、結局は自分自身が全責任を取らなければなりません。
長く生き残っていくには、時代の変化はもちろんのこと、自分の適性、求められていることなどを把握した上で、自らが変化に対応していく必要があると思います。
 
 
私は元々、ソフトウェアのプログラマからキャリアをスタートし、紆余曲折を経て、今の状態に至っていますが、昔のプログラマだったころしか知らない人からしてみれば、「なんであなたがそんな仕事しているの?」となります。  
もちろん、私自身も最初から狙ってそうなったわけではありませんが、まるっきりの行き当たりばったりで方向性を変えているわけでもありません。(周りから見ると行き当たりばったりに見えるようで、よく「危なっかしい」と言われますが(笑))
 
こう見えても、向こう何年かのことを考えた上で、必要と思われることの種をまいて、育てているのです。もちろん、そのうちのいくつかは途中で枯れてしまうものもありますが、順調に育ってきているものもあります。
 
 
あちこちで言われていることではありますが、小さい会社の強みは、機動力が高いことです。今決めたことを、今行動できるのです。
これが”伝統的な”大企業だったら、たとえ社長であっても、すぐに行動に移せないことも多いはずです。下手をすれば発案から行動まで年単位で時間がかかることもあるでしょう。
「今期はもう予算決まっているから、来期以降に検討します」なんてのはよく聞く話です。
 
 
是非、規模の小ささの強みである機動力の高さを最大限に活かして、変化への対応力を高めていきましょう。
 
以上、自分への言い聞かせの意味も込めて。

向上心の無さは罪なのか?

2017年2月26日
何の業種や職種であれ、自身の仕事の価値を上げていこうと思えば、向上心を持って、新たなスキルの獲得やスキルアップのための勉強や訓練に励むことは必要だと思います。
 
しかし、変化の少ない業務環境の中に長く身を置き、新しいことを覚えなくても仕事が回せるようになる状態が続く中で年を重ねてくると、日常業務が忙しかったり、家族と過ごす時間が必要だったり、プライベートな事情で多くの時間を割かざるを得なかったりで、目の前の仕事には真面目に取り組むものの、スキルアップのための勉強や訓練などはしなくなってしまう人も少なくないはずです。
 
そんな中で、ある日突然、「うちの会社には向上心を無くした者は不要です」と言われ、職場の中で居場所を無くしてしまうとしたらどうでしょう。
 
確かに向上心はあったほうがいいのでしょうが、向上心が無いということは罪であり、長年会社に貢献してきた人間を路頭に迷わせるほどの罰を受けなければならないものなのでしょうか。
 
 
今日ご紹介する「レッドビーシュリンプの憂鬱」(リーベルG著)では、新しい技術の習得に熱心な若手エンジニアによって、経験年数は長いが新たな技術の習得などはしない(or できない)年配エンジニアが会社から駆逐されることの是非が描かれています
。  

 
IT業界(受託ソフト開発企業)が舞台ですが、特にITエンジニアでなくとも理解できる内容です。
 
(元々はITmediaのエンジニアライフに「罪と罰」というタイトルで掲載されていたWeb小説です)
 
 
私ももっと若かった頃なら、「自己研鑽を怠ったんだからそれは自己責任でしょ」と思ったでしょうが、年を重ねるとそう単純な問題ではないと考えるようになりました。
 
本文中にも記述がありますが、年を取れば体力も記憶力も落ちてくるし、家族ができたり、親の面倒を見なければならなくなったりで、自分の時間が作れなくなってきます。
だんだん新しい技術にはついていけなくなる中で、ものすごいスピードでスキルアップしてくる優秀な若手には同じ土俵ではもはや太刀打ちできなくなります。
そうして、現場に居場所がなくなるのです。
 
私も元々エンジニアなのでよくわかります。
私の場合は、完全に駆逐される前に、”優秀な若手”とは違う土俵で戦えるようにしました。
もちろん、今後も状況を見ながら、ポジションを移っていく必要があると思っています。
 
なにはともあれ、いろいろ考えさせられました。
単純に読み物としても面白いので、興味が出てきた方は是非どうぞ。
(Webでも読めます。書籍版は結末が若干違うのと、特別編が追加されています)